見知らぬ男に誘拐され、その男との間にできた5歳の男の子と7年間も小さな部屋に監禁された後、命がけの脱出をはかった親子の、脱出後の再生していくさまを描いた映画「ルーム(Room)」
アカデミー賞も受賞した、口コミでも評判の高い映画です。
でも私は、見ていてつらいような悲しいお話は苦手なので、この「ルーム(Room)」のあらすじで、なかなか見る勇気が出ませんでした。
「ルーム(Room)」は胸が痛む、どぎつい、見るのがつらい映画だと思っていました。
でも少し勇気を出して見てみたら、まったく違いました!
誘拐されて7年も監禁されていたのですから、そのときのようすなどはあまりリアルに描かれると見るのがつらいと思いますが、この映画は5歳の男の子、ジャックの目を通して描かれているので、監禁中の生活はさらっと描かれます。
ちなみに私はAmazonプライムで見ました。
(2020年3月現在の情報です。
詳しくは公式ホームページでご確認ください)
5歳のジャックの目を通して描かれます。
5歳なので、幼さゆえに理解しきれていない部分もあって、それゆえに悲しい部分やつらい部分は少しぼやかして描かれます。
だから悲しい話やつらい話が苦手な私でも、つらくて見ていられないということはありません。
確かに、つらいシーンや悲しいシーンも出てきますが、さらっと描かれています。
監禁中に生まれたジャックは外の世界を知らず、小さな部屋の中しか知りません。
ジャックにとっては小さな部屋にある、洗面所や電気スタンド、トイレがお友達。
朝、目が覚めるとジャックは、洗面所や電気スタンド、トイレに次々と
「おはよう」
と挨拶をしていきます。
小さな部屋の中で、ジャックはママと歯を磨き、小さな部屋の中でママと運動をします。
監禁されている小さな部屋の中で、ジャックが穏やかな生活を送ることができるように、ママも努力したんだろうなあと、ここでせつなくなりながらも、ごく普通のママと男の子の生活にあたたかい気持ちにもなりました。
何より、ジャックの無邪気さに癒されます。
思ったより、さわやかな映画です。
監禁生活から脱出した後の、ママとジャックが再生していくようすや、それをあたたかく見守る家族たちのようすがいいです。
その他にも、いろいろ考えたり、感じたりすることが多かったです。
見た後、すがすがしい気持ちになれて、何か大切なものが心の中に残った感じの心温まる映画でした。
ここから少しネタバレを含みます。
少女を誘拐して長期間監禁する事件は、日本でも海外でも、実際に起きています。
信じられないし、胸が痛むし、本当に卑劣な行為で許せません。
ジャックのママがすごいと思うのは、そんな理不尽な監禁生活の中でも、ジャックを大切に育てるところ。
自暴自棄になって荒れた生活をしてもおかしくない中で、ジャックのママはジャックに運動をさせたり、母親としてできる限りのことをしています。
映画の中で出てくるのですが、ジャックのママは監禁された当初、一度逃げようとしましたが失敗して、大変な目にあったので、今ではジャックを守るために、男に従順なふりをしています。
ここで思い出すのが名著「夜と霧」という本。
こちらは「夜と霧」の改訂版のほう。
第二次世界大戦中に、アウシュビッツ強制収容所に入れられたユダヤ人心理学者ヴィクトール・E・フランクルが、そこでの生活を書いた本です。
過酷な収容所生活の中で、心理学者の視点から、さまざまな収容者や自分の心理を分析しています。
「夜と霧」には改訂版じゃない、もともとのオリジナルのほうもあって、こっちのほうが内容は濃いです。
(読みやすいのは改訂版のほうだと思います)
この「夜と霧」の中に、過酷な収容所生活の中で、疲れ果ててもジョークを言い合って笑いあうとか、きれいな夕日を皆と一緒に見るといったことが、生きる希望にもつながったというようなことが書かれていました。
また、収容所の中でナチスから理不尽な拷問や罰を受けている最中でも、心の持ち方や反応は自分で選べるとも書かれていました。
「ルーム(Room)」の中での、ジャックのママがやっていたことは、まさにこれじゃないのかと思います。
監禁生活の中でも、何か前向きになれることをする。
ジャックの5歳の誕生日には、男に頼んで小麦粉を差し入れてもらってケーキを焼く。
ジャックのママは誘拐されて監禁されたからといって、そこで人生を終わりにしてしまわなかったのです。
ジャックのために、そこからなんとか前向きに生きていこうとしていました。
ところがジャックのママを誘拐した男が失業したために、食糧が滞りはじめます。
ジャックを守るために男に従順なふりをしていたママですが、今度はジャックのために監禁生活から脱出する計画を立てます。
部屋の外のようすもわからないし、男は狂暴なので脱出は命がけです。
この脱出劇。
部屋から一度も外に出たことがない、5歳のジャックの目を通して描かれるので、見ていてハラハラすることきわまりない!
このシーンは、本当に見ていてハラハラ、ドキドキしました。
でもジャックとママは、この後、部屋を脱出してからも大変だったんです。
ママは7年間監禁されていたので、解放されたときには泣きじゃくります。
ジャックは外に出たのが生まれて初めてなので、茫然自失。
監禁生活中に生まれて、外の世界を知らないまま育った子供は、外の世界に出ると茫然自失となって言葉を失い、からだも動かなくなるようです。
「砂漠の囚われ人マリカ」という本を思い出しました。
「砂漠の囚われ人マリカ」は、マリカ・ウフキルという人が書いた本。
実話です。
マリカ・ウフキルはモロッコの国王の養女でしたが、クーデターによって不衛生で食料も乏しい砂漠の監獄に入れられ、実母や実の兄弟だちと一緒に、なんと約20年間も監禁されていました。
彼女と家族たちは看守の目をかいくぐって、こっそり抜け穴を掘り、脱出に成功します。
「砂漠の囚われ人マリカ」には、食糧が乏しく、ねずみを捕まえて食べるような監獄での生活や、脱出したときのようす、脱出後に外の世界に順応していく過程などが書かれています。
これが本当にあった話なんだ!と、読んでいる間中、驚きの連続でした。
そしてここでもマリカ・ウフキルと家族たちは、些細なことでもジョークを言い合って、過酷な監獄での生活を乗り越えていくようすが描かれています。
マリカ・ウフキルと何人かの兄弟は監獄から一緒に脱出するのですが、このとき一緒に脱出した彼女の弟は、物心がつく前に監獄に入っていて外の世界を知らなかったので、脱出して初めて外の世界にふれたときに、やっぱり茫然自失となっていたようです。
マリカ・ウフキルは、そんな弟をひったてるようにして逃亡したようすを書いています。
「ルーム(Room)」で、ママと一緒に監禁されていたジャックが、生まれて初めて外に出たときに驚きのあまりかたまっているようすを見て、この「砂漠の囚われ人マリカ」を思い出し、胸が痛みました。
さて、脱出してママの家族と一緒に暮らし始めたジャックですが、なかなか外の世界になじめません。
監禁されていた小さな部屋では、子供らしく生き生きとしていたジャックですが、外の世界はとまどうことばかりで、自分の殻に閉じこもり、口数も減り、表情もかたいままです。
それでも子供の適応力は柔軟。
少しずつ時間をかけて、ママの家族やペットの犬と打ち解けていきます。
でもまたここで、心折れる事件が起こります。
脱出後、ママは経済的な理由で、メディアの取材を受けるのですが、インタビュアーの女性が
「ジャックのために、途中で逃げようと思わなかったんですか?」
と質問したせいで、ジャックのママは心が折れて鬱状態となり入院します。
いや、見てたらわかるんですよ。
逃げれるかいっちゅうねん!
何にも知らんと、そんなこと、知ったかぶりで言うなや!
と私、ここでご立腹。
ジャックのママは、逃げると殺されるかもしれないから、ジャックを守るために逃げなかったというは見ていたらわかります。
それをインタビュアーが非難がましく
「なぜ逃げなかった?」
なんて聞くもんだから。
ジャックのママは、逃げなかった自分は間違っていたのか、いやあの状況で逃げるのは無理なんだけど、世間は
「なぜ逃げなかった」
と思うのかとやるせない気持ち、いや逃げるべきだったのかと自分を責める気持ち、どうしようもない気持ちなどで頭の中は爆発しそうになったに違いありません。
私なら、あまりの理不尽に暴れる!
たまにワイドショーなんかでも
「そんなこと、言うたりなや」
と思うときがあります。
当事者じゃないとわからないこともあるんだし、つらい、悲しい経験をした人に、追い打ちをかけるようなことはいうべきじゃないと思います。
事件に巻き込まれて、つらい思いをいしている人は、いたわるべき。
自分はするどい質問をしたと思って一流のジャーナリストを気取ってはるのかなあ、ただの思いやりが足りない人にしか見えへんけどなあと思うこともあります。
SNSでも、心無い中傷で人を傷つけたり。
ナイフで人のからだを傷つけると罪になるのに、なぜ言葉で人の心を傷つけたときは罪にならないのか。
ジャックのママを見ていると、心を傷つけるのも立派な傷害罪やろっ!と思ってしまいます。
とはいえ、私も何気なく言った言葉が、誰かを傷つけているかもしれないので、そこは注意せねばと戒めます。
優しさは想像力。
「これを言ったら、相手は傷つくかな?」
と想像力を働かせねば。
大阪のおばちゃん枠に入ってしまうと、どうしても思ったことがそのままするっと口に出てしまいがち。
「これは言うたらあかん」
というストッパーが、経年劣化か作動しない。
気を付けねば。